生体機能研究会 いろは2
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生命科学情報のいろは(2)
-「実験や試験内容の現実性」-

 私たちが接する生命科学情報で、一番よく見られるのは、ある商品や文脈のほんの一部の内容が論文として発表されているという場合です。
 例えば、ビタミンEは非常に有効な抗酸化物質で、論文も数え切れないくらい発表されています。そこで、“ビタミンEをサプリメントすると体の中の活性酸素を除去して健康になる、長生きできる”という売り文句で商品が出ます。フリーラジカル(その中でも細胞膜の脂質由来の過酸化脂質ラジカル)を消去するという部分は科学的に保証されていますが、実はその先の保証は一切ありません。
 <細胞膜の中の過酸化脂質ラジカルの消去→フリーラジカルの消去→活性酸素の消去→(病気の一因は活性酸素)→病気の一因を消去→健康→長生き>と、単なる言葉のつなぎ合わせです。出発点と終着点は現実には結びついていませんし、そのような論文もありません。
 他の例では、培養細胞に30ミリグレイのX線照射した場合、遺伝子の傷が検出できなかった、という論文から“細胞では放射線によってできた遺伝子の傷は完全に修復されてしまうので、少しの放射線は安全だ”という結論が作られたりします。
 逆に、非常な低線量で遺伝子の傷が発生したという実験から、遺伝子の傷はがんの原因になるので、放射線はどんなに少なくてもがんを引き起こす可能性がある、という結論にしたりします。
 培養細胞での実験結果に過ぎないものが、いつの間にか現実の人間で実際に起こるかのような話になっています。実験条件しだいで、いろいろな結果が生まれますし、何より人間の場合にこのような培養細胞のデータが当てはまるわけではありません。これがマウスであっても同じ事です。
 これが私たちへの科学情報の典型的な届けられ方です。

 このように、ある実験事実から土俵の異なる内容に拡大解釈して、言葉で結びつけてひとつの主張を作り上げている場合が少なくありません。研究者は、よく“可能性がある”とか“示唆している”と言う表現を使いますが、培養細胞などの基礎実験の結果を人間に結びつけるときの常套句です。論文として保証されるまでは意味がありません。
 私たちは専門家ではありませんので、それぞれの論文の詳細な内容を理解することはできませんし、その必要もありません。論文はそれぞれ審査されて一応科学的に正しく実験が行われていると保証されたものですから、論文自体に問題はないでしょう。問題は、どれだけ現実にヒトに適用できる内容かということになると思います。
 細胞実験から、現実のヒトまでは果てしなく大きな隔たりがあります。マウスからヒトでさえ、メカニズム的な枠組みを超えて当てはめることは難しいでしょう。  そこで、私たちにできることは、どんな土俵で保証されている内容なのかを確認して、すべて私たちの役に立つと安易に信じ込まないことです。
 現実的に考えてみましょう。

低線量放射線の生体影響(発がん影響)の場合
1)験管内の実験
  試験管内のDNAに照射してその傷害の起こり方を見る。
2)培養細胞での実験(樹立した細胞株・動物組織の初代培養細胞)
  培養細胞に照射して、細胞のDNAの傷害や突然変異起こり方を見る。 細胞のがん化
  の起こり方を見る。
3) マウスなどの動物実験
  マウスに照射して、どこかの細胞のDNAの傷害や突然変異の起こり方見る。からだの
  どこかのがんの発生を見る。
4) ヒトの臨床試験
  別の治療などで照射を受けた人のがんの起こる「確率」を見る。
5) ヒトの疫学調査(エコロジカル・ケースコントロール・コホート)
  ある被ばく集団でがんの起こる「確率」を見る。
細胞実験
 X線やガンマ線などは、細胞を放射線が貫通するところまでは現実の体の細胞も培養細胞も同じです。どのように遺伝子が傷を受けて突然変異ができるか、参考になりますが、“現実の体でがんができるかどうか”との大きな相違点は以下のようです。

1) 培養細胞は、すでに正常細胞ではない。(一般の細胞株は不死化した良性腫瘍の
  ような状態。)
2) 放射線の作用は、細胞の遺伝子そのものだけではなく、細胞の環境組織に影響を
  及ぼすことも考えられる。培養細胞の環境は非現実的。
3) 培養細胞は、その細胞だけで、体の中のように免疫細胞による防御がないので、
  がん化し始めた細胞はそのまますべてがんになる。一方、体の中では免疫細胞が
  かなり効果的に腫瘍細胞やがん細胞を消去している。
 したがって、メカニズムがどうなっているかという点では、重要な知見を与えてくれますが、量的な問題と体の中での他の組織や機能が関係している問題には全く通用しません。

マウス実験
 マウスは人間と同じほ乳類で、遺伝子の類似度は約98%です。人間の生体の研究はほとんどがマウスの実験からの得られたものですが、一般に、マウスの結果はメカニズムの解明など“定性的”な用途で使われます。定量的にはほとんど参考になりません。このことは、マウス実験をパスした新薬のうち人で使えるのは数%もない、ということからもわかります。

1) マウスの放射線感受性は人の感受性とはかなり異なっているので、量的な問題
  (例えば、どれくらいの線量でどんな影響があるかなど)は全く適用できない。
2) 防御機能の働きにはかなり違いがある。
3) 実験に使われるマウスは、すべてクローンであり、遺伝的にも、環境的にも完全に
  一致している“同じ個体”の集団である。一方人間は、完全に“異なる個体”の集
  団。
 これらのことから、放射線発がんに関しても、マウス実験で得られた結果は、だいたいの枠組みとして捉えるべきで、量的・数値的な問題では一切使えないと考えた方がいいでしょう。

ヒト臨床試験
 基礎研究として行われるものから、新薬の開発で行われる試験までさまざまです。現実のヒトに対する作用や効果の保証という意味では、理想的な情報です。
 しかしこの場合でさえも、何を見るかによって考慮しなければならない問題があります。人間の体の機能の基本構造はもちろん共通ですが、その働きの程度や量的な内容は、人種間で大きく異なっています。これは遺伝子、生活環境の違いが体の機能に大きく影響しているためです。海外の新薬を日本で認可するためには、日本人での臨床試験が必要になります。日本人に合った用量用法が異なるためです。
 このように、人間という枠内にあっても、遺伝子と生活環境の違いを考慮しなければなりません。一般に、量と程度に関しては人種間の違いは大きく、また同じ人種の中でも個人差は大きいでしょう。

 これらのことを踏まえて、私たちに届いた生命科学情報の基本的な部分を把握しておく必要があります。そして“その情報に私たちが知りたいものがあるか?”、“ないのにあるかのような見せかけになっていないか?”を私たち自身がある程度判断しなければなりません。

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